高校ラグビーの引退からわずか46日後の一般入試で、合格をつかみとった部員がいる。主将として花園ベスト8を果たしながら、どう合格切符をつかんだのか。そこには慶應義塾との出会いを機に確信を深めた、ある「パターン」があった。
Text by 小川裕介
Photograph by 田口恭子(慶應ラグビー倶楽部)
2022年1月3日、花園ラグビー場。山本大悟(1年・環境情報)は常翔学園の主将として、東海大大阪仰星と対戦していた。 大阪同士のライバル校対決は、仰星に前半から大きくリードされる展開となったが、山本は体を張り続けた……。
そして次に待っていたのは、受験という大きな山だった。
「まずは思い切り悔しがって、次の週から気持ちを切りかえて勉強しようと決めていました」
集中できないならやらないのが山本の流儀だった。
受験するのは、湘南藤沢キャンパス(SFC)の総合政策と環境情報の2学部だけと決めた。浪人覚悟で他大学は受けず、慶應一本。SFCは英語と小論文だけで受験できるため、的を絞って集中できると考えた。
山本が引退後に送ったのはこんな毎日だ。
朝6時半に起床→英単語→朝食→過去問→昼食→過去問→夕食→過去問・英単語→夜中に就寝
過去問に絞ったのは、わけがあった。
「時間のない中で焦って知識を広げようとしても、負の連鎖に陥る。目標を定めて過去問をやると決めてブレずにやれば、合格は見えてくるのではないかと考えた」
過去問をくわしく分析していくうちに、出題方式や内容にどことなくパターンがあることに気づいた。例えば英語であれば、英文法や構文を詳しく理解するより、だいたいでも長い英文を読めることが必要になる。
限られた時間の中で、対戦相手を分析し、15人が最良の結果を求めるためにいくつかのパターンを準備しておく。それは小さい頃からラグビーにうちこむ中で、培ってきたことでもあった。まわりの受験生がたくさんの参考書やテキストに向き合う中、山本は赤本と対峙し続けた。
小論文の勉強をすることもあったが、文章を書くのは小さい頃から新聞を読むなどしており得意だった。前年秋のAO入試に挑戦した際、自分がなぜ慶應で勉強する必要があるのかなど、多くの文章を書いていた。準備のさなかで知った「パターン・ランゲージ」に好奇心をかき立てられ、自分でもよく調べていた。
2月18日、慶應義塾大学環境情報学部の試験会場。
山本は小論文の問題文を見た瞬間、思わず「あっ」と声をあげそうになった。
出題されたのは、まさしく準備していたものだったからだ。
2020年4月にタイムスリップし、解決したい問題は何か、解決するためのアイデアはどんなものかを問うものだった。
2年前の4月、山本の高校生活はコロナ禍によって一変した。ラグビー部の練習や試合はすべて中止になり、緊急事態宣言下では自主練習もままならない日々だった。仲間とリアルで顔を合わせられず、オンラインミーティングでチームの一体感をどう保っていくのか、暗中模索の日々を送っていた。
山本が解答用紙に書いたのは、AO入試の出願書類にも書いたパターン・ランゲージを用いて企業やチームなど組織のカルチャーを伝えることだった。パターン・ランゲージは、半世紀ほど前にアメリカの建築家が考案した知識伝達の手法で、SFCにも専門とする教授がいる。
パスやキックなどの基本的な個人スキルから、チームで効率的に前進する方法などをカードに書き、そうした「コツ」を伝えあう。そうすれば、行動が制限される中でも組織のカルチャーを引き継ぎ、お互いに高め合っていけるのではないかと考えた。
2月25日の合格発表は大阪の自宅で、オンラインで見た。最初に確認した総合政策学部は「不合格」。
やはりこの短期間では難しかったかと思った矢先、環境情報学部の結果を確認すると「合格」だった。
「人事を尽くして天命を待つ」
祖父の初田欣也さん(81)から事あるごとに言われていた言葉がよみがえった。
自分は「不運な男」だとずっと思ってきた。いつもくじ運が悪く、花園の準々決勝の相手が決まる抽選でも、優勝候補の仰星を引いてしまった。とくにAO入試に落ちてからは不運が続いていた。
「最後になって、運と縁に恵まれました」
山本は、大阪府東大阪市の布施ラグビースクールで楕円球に親しんだ。小学5年までサッカーや空手もやったが、母の勧めでラグビーに絞った。
「エンジョイラグビー。勝ちにこだわるより楽しくラグビーをしようというチームでした」
上のレベルをめざすきっかけは中学時代。通った東大阪市立小阪中学校の同期には、後に大阪桐蔭高校の主将となり、帝京大学に進んだSO河村ノエルらがいた。はじめは練習についていけず、引け目に感じることもあった。
「パス教えてや」
練習後には、率直に仲間に教えを求めた。
常翔学園では切磋琢磨を重ね、スペースに走りこんで抜く面白さに目覚めた。各地から選手が集まるチームの中で最初は引け目を感じることもあったが、少しずつ自信を深めていった。
他大学からも誘いはあったが、「鍛えて勝つ」スタイルの慶應をめざすことにした。
まじめにひたすら練習するのが自分のスタイルでもあった。恩師の野上友一監督からも「お前は慶應が一番合ってるわ」と言われた。
「スポーツ推薦のない慶應が、スター集団に勝っていく。難しいけどあきらめずに挑戦したいと思った」
大学への入学後、頭角を現すのに時間はかからなかった。下のチームで結果を残し、春からAチームで早稲田戦に出場した。
11月の明治戦にも出場し、悔しい結果となったが、後半途中まで体を張り続けた。
「努力と実力で、思った以上に早く上がってきた。大悟には生まれ持った内面の強さと、幼い頃からの教育で身につけてきた謙虚さがある」と、栗原徹監督は評する。
強い気持ちを秘めているのに、周りにソフトな印象を与え、いつのまにか仲間が集まってチームを牽引していく。しかも大阪弁。醸しだす雰囲気は、日本代表主将を務めたOBの廣瀬俊朗に似ているという。
もちろんルーキーに課題がないわけではない。栗原が挙げるのは「ラグビーナレッジ」だ。
「良い感覚は持っているが、ナレッジはまだ高くない。ラグビーでは『たまたまトライ』『たまたまインターセプト』というのはない。戦術の意図を理解し、再現性のあるプレーができるようになってほしい」。栗原が求めるレベルは高い。
山本の目標とするのはウェールズ代表のジョナサン・デイビス。地道に体をあて、一気に試合の流れを変えることのできる、玄人受けする選手が目標だ。
「こいつがおらなチームが成り立たん。そう言われるプレーヤーになりたい」